2011年11月25日

寒くなりました





 寒くなりましたね。 ほとんどマイ寝床(猫床?)にて丸まっています。  

Posted by 久保洋子 at 22:50うちの猫

2011年11月23日

知覧にて お母さん お母さん お母さんと

今年は市議選があり、実質5月からのスタートであり、東日本大震災も関連して、様々な行事や視察が9月議会終了とともに次々とスケジュールが埋まってきた。したがって9月末から10月11月と例年に比べて集中しての県外やさらに海外までと出かけ、多忙であった。私はホテル等ベットが変わり、枕が変わるとしっかりと眠る事が出来ない。ちょこちょこと目が覚め、眠りが浅いので困る。議員はよく食べよく眠ることができないと元気よく働けないと思う。ちょっとお疲れモードになったが今日は自宅でたまった雑用をして過ごす。この2カ月初めて1日自宅にて過ごす。

11月8日~10日鹿児島、福岡に自民2期生と不破県議で行政視察。5名は市議同期ですが、毎月積み立てをして1期の4年間も勉強会をし、行政視察を実施しています。今回県議になられた不破氏もともに参加してのこと、鹿児島市や福岡市においても大変親切に応対をいただきました。
 

 
今回は知覧の特攻平和会館の現地視察を鹿児島市にお願いしておりました。南九州市知覧町は太平洋戦争の末期沖縄戦の劣勢を挽回するために特攻作戦が展開されたゆかりの地です。私は25年以上前になると思うが訪れたことがあります(旧の建て替え前)。現在の会館は全国各地から遺族や関係者の方々からおくられた貴重な遺品や資料が当時より多く展示されていました。



私たちは、語り部の嶺富さんから解説をいただきました。嶺富さんは石川県の特攻隊員17名(金沢市出身の方6名)の遺影を見せながら、お一人お一人の家族のこと環境背景や遺書の内容を伝えてくださいました。
20歳前後の青年。若くて17歳の方もいます。1036名の隊員の遺影が出撃戦死した月日順に掲示されています。その下には家族に残した遺書や手紙や辞世など展示してあり、時間が足りず、すべて丁寧に読むことができず、残念でした。
私が強く引き付けられたひとつの遺書です。走り書きで写してきました。私のみならず、見知らぬ隊員の書いた手紙や遺書ですが、強烈に心を引き付けられ、感情を揺さぶれ、もし声を出して読んだら涙が止まらないと思う。本当に目で追うだけでも胸が熱くなる。そしてまた、みんな達筆なんです。遺影の顔が笑っているのです。


 
   第77振武隊 相花信夫少尉 (18歳)  遺書  
  
      母上お元気ですか
      永い間本当に有難うございました
      我六歳の時より育て下されし母
      継母とは言へ世の此の種の女にある如き不祥事は一度たりとてなく
      慈しみ育て下されし母
      有難い母 尊い母
      俺は幸福だった
      遂に最後迄「お母さん」と呼ばざりし俺
      幾度か思い切って呼ばんとしたが
      何と意志薄弱な俺だったろう
      母上お許し下さい
      さぞ淋しかったでしょう
      今こそ大声で呼ばして頂きます
      お母さん お母さん お母さんと
  

Posted by 久保洋子 at 23:37

2011年11月04日

おかえり はやぶさ

 おかえり「はやぶさ」in 金沢のオープニングセレモニーに教育環境常任委員会の一員として出席しました。セレモニー閉式のあと、展示されたものを見学しました。8月に東京で開催された同イベントは長い行列でした。関心の深さがわかりましたし見学は子どもたちや若い人たちが多いとニュースを見て感じました。キゴ山天体観察センターで今日は午後から一般入館ができ5,6日とイベントが開催されます。

 はやぶさの帰還カプセル、実物です。60億キロの宇宙の旅をしてきたものです。これが本物と見ると感動します。小惑星イトカワに着陸成功したものの、様々なトラブル、燃料漏れやエンジン停止や音信不通などあったという、解説いただきました。が、困難なトラブルでも はやぶさ のプロジェクトの皆さんはあきらめずに取り組んだそうです。
 月以外の天体に着陸し、世界で初めての微粒子を持って帰ったのです。7年にわたる宇宙の旅をしてきた実物が金沢で見れます。 実物大の本体模型もあります。展示物とともにそのはやぶさにまつわる研究者の取り組みなどが興味ぶかい。
 
 日本で打ち上げることができる探査機にはいろいろな意味での制約があります。日本の宇宙開発自体が規模が小さい。 「はやぶさ」の研究状況は例えば予算が少ないなど、また、例の事業仕訳されたり。この苦しい状況をアイデアで乗り切っていったのが、「はやぶさ」プロジェクトのとても素晴らしいところだと思います。解説を伺い「絶対にあきらめない」という強い気持ちがあることを知りました。微粒子持ち帰り成功が 削られた予算の復活にもなりましたね。

 おかえり「はやぶさ」in金沢では私たち大人も、子どもたちにも、前へ進んでいく姿はと夢と感動を与えたと思います。

 写真撮影は禁止でしたので、掲載できません。ぜひ皆さんの目で 明日5日、6日とキゴ山天体観察センターに行ってみてください。 5日は午後2時よりはやぶさのプロジェクトマネージャー 川口淳一郎氏の記念講演会もあります。  

Posted by 久保洋子 at 23:42

2011年11月03日

最終日のハプニング

 10月23日から30日の日程で蘇州、大連姉妹都市友好訪問に行ってきました。蘇州24日のみ雨天。蘇州人民代表大会の表敬訪問と歓迎昼食会は副議長ほか友好交流ができました。大連市議会においても同様で金沢市との友好が今後ますます推進されることを望んでいました。

 ちょうど、大連中日貿易投資展示商談会開催中であり、視察をいたしました。食品関連は東日本大震災と原発の関連で中国側では輸入は認可していないとのことで、政府の関与が必要と企業の皆さまがお話していました。中国の女性はお化粧をしていない。口紅もつけていません。若い女性も。シャネルのバッグを持って、アクセサリーちゃらちゃらの富裕層?奥さまかしら、ノーメイクでした。(なんでと思います)化粧品市場はいいんじゃないか、攻めて。また市内は戸建て住宅がない。高層アパート、マンションですが、窓にカーテンがほとんど無い。(なんでとまた、思います)

 30日帰国日は北京~大連着の飛行機で富山空港行きに搭乗するため、10時に大連空港に12時50分発でした。しかし搭乗手続きしましたが、どうも北京をまだ出ていないと情報あり。待つこと8時間ですよ。その間3回くらいのアナウンスは富山行きの新しい時間がわかりましたらお知らせします。と言うもの。濃霧、スモッグか原因ですが待たされても、飛ばないことはまず、無いと、待っている間、大連に何度も来ている方から言われていました。国際空港といえさみしいもの、レストランもない。売店でテーブルが置いてあるところが1か所。おいしくないコーヒーが1000円だったと言っていたので、ずうーと搭乗ロビーで座っているしかない。機内食予定が昼食として配られた。3時ごろは水が配られたのみ。だんだん寒くなるが、何もしてもらえず、清掃係しかいない。関係者らしき人は誰もいないのである。

17時20分にようやく飛行機が北京から到着。帰れると思いみんな準備したが、間もなくキャンセルと表示です。飛ばないと確定。商談会に来ていた石川県の企業の皆さまも同じ飛行機でしたので、私たち同様がっくりです。中国の方で日本に行く方は大あばれです。逆に日本人はみな、こんなお国がらと、あきらめです。
 
 もう1泊と翌日の搭乗便等の手配やキャンセルの手続きなどで空港をでたのは19時。翌日 早朝6時に再度大連空港にきて、私たちは成田、羽田、小松という便で17時すぎ市役所に帰所しました。
 
 大国の中国。自家用車人口の大幅な増加による、長時間のラッシュ。交通ルールは守らないのが当たり前。空港からホテルも40分
食事会場も30分以上かかるなどバスでの移動ですがラッシュで予定があいまい。トイレは水洗ですがトイレットペーパーを流せない。外国人は水道水は飲料水ではない。大都市はスモッグで青空はない。
 北京オリンピック、上海万博以後、街並は大変美しくなり、食事も大変おいしく頂けました。数年前に蘇州や大連を訪れた方には、大きな変化がご理解できると存じますが、はじめて蘇州、大連を訪問しました私には、大都会、まだまだ発展ing。日本の環境政策をお手本にしていただきたいと痛感しました。

  

Posted by 久保洋子 at 22:24